よく使われる割には、その意味するところは人によってさまざま。ここでは解説を参考に、もう一度ご自分なりにその本質的な意味の理解を整理してみてください。
これまでに受けた質問の中から、多くの人にも有用と思われたものを選んでとりあげています(ピックアップに偏りがあることをご承知おきください)。
あがり、あがる
(get) stage fright
競技会などの非日常的な勝負の重みがかかる環境で、気後れして平常心を失ない冷静な判断ができない状態。不安、
集中力の低下、思考の散漫、無関係な概念の想起、あせり(不必要な急ぎ)、自信喪失、対戦相手や審査員への恐れ、
失敗を恐れる過剰な意識、過緊張が混在していることが多い。観察できる身体症状としては、発汗、震え、吃音、多動、寡黙、まばたき、あくびなどが見られる。タイプにより、ルーチンワークが再現できないほど萎縮したり、逆に普段やらないような無謀なプレーを試みたりオーバーペースになって自滅したりする。相関の強い心理背景として、悲観的傾向、制御できない無意識の活動、幼児期の安心の不足、内向性、神経症的傾向などの特性が挙げられる。
アジリティ agility
敏捷性。容易に自在に早く動ける能力。瞬発力、方向転換能力、反射神経(反応速度)などの要素がある。身体能力に加え、“周囲のスピードへの慣れ”、コンディションが関与する。“周囲のスピードへの慣れ”とは、例えば世界水準から見ればアジリティの劣るサッカーJリーグの日本人選手は国際試合の速いテンポに対応できない。しかし、海外のトップリーグに移籍して活躍する日本人選手はアジリティの優れた外国選手のテンポに対応できるようになる。類語:quickness。
うろたえる
upset, lose one's head
想定外の悪い状況や展開を、実際よりも悲観的に感じて動揺し、理性的な判断に支障をきたした状態。日頃から、柔軟性が乏しかったり、複数の刺激を同時に処理するのが苦手であったり、感覚(客観的な感性)が悪い選手にみられやすい。逆に、想定外のよい状況でも、変調をきたし自滅することがある。日頃から対応能力が高、判断が速い、事前の想定範囲が広い、沈着冷静といった選手では生じにくい。類語:パニック。
気づき
自身の身体の精密動作やパフォーマンスが客観的に知覚できる能力。自身の運動を知覚するイメージが、ビデオ記録のように正確に3次元的な動き、テンポ、リズムが再現できているとともに、重心、力の配分、筋緊張・弛緩のバランス、協調性など見えない力学的要素も知覚できていること。気づきのよい選手は習得能力・修正能力が高い。気づきのよさは一流選手の条件の一つ。
虚栄心
周囲の期待や想定以上のよい結果、練習での実績よりもよい記録や活躍をしたいという願望、あるいはそうできると感じてしまう錯誤や精神的高揚状態。劣等感の反逆、誇大妄想、いちかばちか(確率が低くてもより大きな結果を求める)傾向などと関連している。まれには(対戦相手がうろたえた場合など)成功するが多くは自滅をもたらす。
ケミストリー chemistry
チームスポーツで相性のよさ、相乗効果という意味に用いられる。戦術性の高いバスケットボールやサッカーでよく使われる。
興奮
意識において、ある種の刺激で呼び起こされる感情が支配的になり理性的な思考が抑制された状態。精神の発揚状態や運動の高揚状態とも表現され、多弁、多動、疲れの感覚の鈍磨などを示す。交感神経は緊張状態にある。適度な興奮はある種のスポーツでパフォーマンスを高めうるのでその制御は重要なテーマである。
コンディション
運動生理学的な身体状態のよさ。疲労の蓄積状態・回復状態、日内周期、自律神経機能、満腹度(空腹度)、肝臓・筋肉のエネルギーストックなどが関与する。類語:身体のきれ。
自信
自らの能力、行動の結果、予測、知識、信念などを信頼している精神の状態。
実力
平均的な条件(環境)のもとで、平均的なコンディションの時に発揮できると考えられるパフォーマンスのレベル。一般の選手では、負荷がかかった時には
パフォーマンスは低下することが多い。そのギャップを事前に正確に想定しておくことで不必要なうろたえを避け、さらにメンタルトレーニングは負荷をポジティブに作用させることを目論む。
集中力
競技をめぐる期待、願望、もたらされる結果、対戦相手、周囲の環境に対する感覚を遮断し、競技(ルーチンの再現、自身の運動状態への気づき、状況判断など)にのみ集中する能力。人間の情報処理には容量に限度があるため、処理速度の向上と正確さには情報の選択が不可欠。トレーニングにより、適度な緊張はむしろ集中力を高めることに生かせる。
身体能力、フィジカル
パワー、ダッシュスピード、最大スピード、スピード変換能力、方向転換能力、バランス、ジャンプ力、リーチ、慎重、体重、運動量(速度×体重)などの基本的な身体的運動能力。脳神経を含めた運動器の基本性能。先天的な個人差が大きいが、トレーニングにより向上は可能。
身体のきれ
スピード、特に瞬時の動きの速さ。運動生理学的にはミトコンドリアのエネルギー貯蔵レベル、神経ー筋伝達における動員率の高さ、脳の情報処理速度などが関与する。後二者は心理状態の影響も受ける。数ミリ(1/1000)~数十ミリ(1/100)秒の変動は日常的に発生しうるが、トップレベルの競技ではこの差は勝負を決するに十分大きい。類語:アジリティ。
スランプ
事前には試合においても恒常的に発揮できていたパフォーマンスが一時的に再現できなくなった状態。自覚できない微妙なコンディションの低下、気づきの感度の低下、集中力を低下させる心理的な問題が原因となる。
精神力、メンタル
プレッシャーがかかる局面においても、冷静さや闘争心を失わない情緒的に安定した心理状態を保つ能力で、もてるパフォーマンスを正確に、持続的に発揮することを可能にする。精神力は過酷な環境(温度、湿度、風など)、対戦相手と実力が拮抗した状況、接戦の終盤で重要となる。
とらわれ
特定の観念や現象に思考が固着し、振り払おうとしてもその観念から抜け出せない状態。パフォーマンスは複数の因子によって規定され、それぞれの寄与度には大小があるが、さほど重要ではない因子に思考が固着した場合はパフォーマンスの低下をもたらす。競技の初期におかした失敗にとらわれている場合、失敗の内容そのものより、自己否定的で悲観的な感情やさらなる失敗連鎖への不安の感情にとらわれている場合も多い。
恥
周囲あるいは集団の常識や期待を裏切る行為をしたり、自己の行動やもたらした結果が集団の嘲笑の対象になったり、あるいは自分の行為によりそれまでの名声や面目が失われた場合に感じる自己否定的な感情で、卑下、ばつの悪さ、自尊心の喪失、悔悟の念、逃避衝動などのが混在した心理状態。制御不能な赤面、冷汗などの交感神経刺激症状を伴うことが多い。スポーツの現場では、特に勝利が当然と考えられる状況で、敗北への懸念が恥と一体化してプレッシャーになることも多い。特に全体の中で個人をとらえる傾向の強い日本人にとって恥の観念は、意識および集合的無意識に根ざしており、制御が難しい。
パフォーマンス
ある競技における能力、あるいはその水準。理想的な環境でのパフォーマンスを100とした場合、練習環境、試合、プレッシャーのかかる局面でのパフォーマンスは順次低下する。心技体という言葉はよいパフォーマンスを発揮するための古来から知られた基本条件。
ひらめき
情報は意識のみならず、心の無意識領域にもインプットされる。意識が状況に応じて判断をするように、無意識領域でも情報処理は進行しており、ひらめきは無意識の判断が意識に表出したもの。理性に比べ、より経験的、直感的、統合的な判断であることが多い。ひらめきが適切かどうか、実際に選手が瞬時にひらめきを採用するかどうかは、性格傾向がユングの直感タイプであるかどうかなどの先天的な要因や経験値、合理的判断が通用しにくい状況であるかどうかなどにより、判断は結果論的にならざるを得ない。
不安
危険あるいは好ましくないことが何となく迫っている心の状態。スポーツシーンでは期待するパフォーマンスが発揮できないのではないか、負けるのではないかという懸念が恐れの一連の不安の発端となる。頻脈、発汗、震えなどの交感神経緊張症状をともなう。不安状態では、理性的な思考が鈍り、判断の正確さやスピードが低下し、ひいてはパフォーマンスを低下させる。
プレッシャー
多くは勝敗や利害に関係し、パフォーマンスの低下を起こすように作用する環境的、精神的な負荷。対戦相手がタフな場合、純粋に競技的な負荷がかかる。精神的な負荷は、勝たねばならないというような結果の要求から生じる。
一般に、因果関係が単純なほどその試技にかかるプレッシャーは大きい。例えば、テニスのserving for the match(マッチポイントでのサーブ)は追い込まれた方だけでなく、勝利が目前の方にも1つの試技に大きなプレッシャーがかかる。
プレッシャーの主観的な感じ方は、辛さ、不安、恐怖、恥をかきたくない、逃避願望、自暴自棄、破滅願望、自己正当化、さらには身体症状(胃痛、震え、放心状態、視力散漫、欠伸、瞬目)をともなう場合があるというように選手の性格によって表現型が大きく異なり、当然、プレッシャーを克服するアプローチも選手ごとに異なる。
まばたき(瞬目)現象、瞬目発作
過緊張状態において、一部の選手に見られる繰り返し動作(発作)の一つ。交感神経緊張の直接症状ではなく、脳内のある種の経路の異常な活動が想定される。理性的判断や集中力、情緒安定性、さらに瞬発力などのパフォーマンス低下を起こしやすいので、対戦相手にはくみしやすいという印象をあたえてしまう。過度のストレスで誘発される単純性運動性チックとも解釈できる。 ストレス対処の治療の成功と同調して消失する。
りきみ、りきむ
よい結果を出そうという過剰な意識が神経ー筋伝達系の活動を亢進させ、余計な筋収縮により運動器の柔軟性を低下させるとともに、拮抗筋とのバランスが崩れて協調運動や連動性が損なわれる。交感神経系の過緊張をともなう。結局は、エネルギー消費が増える割に、アウトプットされるパワー、スピード、正確性のすべてが低下してしまう。
アイコニック記憶
わずか1秒にも満たない視覚的記憶。この短い間の視覚記憶をインプット情報として、一流のゲームメーカーは、瞬時に相手の陣形を把握して最善のプレーを意識的あるいは無意識的に選択できる瞬時の判断力を有している。ワールドクラスのサッカー選手(例えば、スペインのシャビ、ドイツのラームなど)では、瞬間の切り取りイメージ(アイコニック記憶)が大きくかつ正確で、なおかつ次の瞬間の鳥瞰図の変化まで予測できているという驚異の空間を時間に関連づけた動的な把握能力を有している。こうした能力が、生来的な才能によるものか、プレー指向(主体的な意識)の積み重ねによるものか、スポーツ心理学的に興味深いテーマになっている。
過換気症候群
精神的な不安によって過呼吸になり、その結果、手足や唇の痺れや動悸、めまいなどの症状が引き起こされる心身症の一つ。何らかの原因で呼吸を必要以上に行うことがきっかけとなり発症する。パニック障害などの患者(先天的な素因が強いとされる)に多くみられるが、運動直後や過度の不安や緊張などから引き起こされる場合もある。
効果の法則
ある行動が満足感をもたらすならその行動は強化される。体で覚えるとは、練習における試行錯誤と成功試技の反復による再現性の強化である。参照:気づき。
交感神経
“
闘争と闘争の神経”。激しい活動時に活性化するが、心肺機能、循環機能を高め、筋肉を収縮させる作用などがある。この交感神経と拮抗するのが副交感神経で両者で生存に必要なさまざまな生理機能を神経的に調節している。交感神経の活動が優勢になると、アドレナリン、ノルアドレナリンの作用で動悸、発汗、震え、筋収縮が出現する。副交感神経は睡眠中や食後の消化活動の際に活発となる。
白黒思考
非現実的な目標設定をしているのに、それが達成されないと不適切なほど否定的な判断をして自分を厳しく批判する。現実的なベンチマーク能力の欠如の裏返し。
選択的注意
情報の中から特定のものだけに注意を集中し、関係ないものはすべてフィルターで濾過して排除する能力。脳は生来的にフィルターと容量限界チャンネルで情報処理すると考えた(Broadbent)。スポーツシーンにおける集中とは、パフォーマンスに関連する情報のみを処理し、他の情報は遮断する生来的な能力を専門的に取捨選択し向上させることである。
同調
個人を特定の集団に適応させるために、社会的影響の圧力下で生じる行動や思考の変化。チームが苦戦している状況では、同調によりネガティブ思考が伝搬し、これが個人の思考に影響する悪循環を形成する。キャプテンシーには悪い同調を打ち破り、新たな方向に導く力が求められる。
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外部リンク
解説の参考にした事典
・Lexikon Psychologie. Hundert Grundbegriffe. Herausgegeben von Stefan Jordan und Gunna Wendt. 2005, Philipp Reclam jun., Stuttgart.
・Lekikon. Psychiatrie, Psychotherapie, Medizinische Psychologie. Uwe Henrik Peters. 2007, Urban & Fischer, München.
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