問題点の分析とアプローチ(治療)の方法論



 スポーツに関連する心理学的問題のすべてを一つの精神医学や心理学の分野(学派)の考え方で説明することはできません。1人1人が抱える問題の特徴、性格傾向、背景、育成環境を踏まえ、さまざまな精神医学・心理学の分野の知識や手法を駆使して個別の事象をできるだけ深く明確に理解するとともに、それぞれの事象に応じた適切な治療のアプローチを選択することが大切です。

 このWebsiteで全ての精神医学・心理学理論の紹介は不可能ですが、以下にクリニカ・プシカ・パルファで応用する知見と技法のうちいくつかをピックアップしてまとめてみました。


精神分析

・人間の心は、衝動(イド)、合理的意志決定(自我)、検閲(超自我)の3側面からなり、これらの葛藤から人間は非合理的な存在ともなり得ることを示した。

・自由連想法、言語連想法、夢分析などの手法により、無意識が意識に送るメッセージを解読することを重視する。

・性衝動の過大評価、理論体系の独善性、治療効果の限界ゆえに、多くの人が精神分析を去ったが、心のパンドラの箱を開いた独創が思想界に与えた功績は革命的であった。

分析心理学

・人間の心を顕在意識、個人的無意識、集合的無意識の3つの階層構造で捉えている。

・意識界の性質と拮抗する性質が無意識界に存在して葛藤を生じ、行動の制約になることがあると考える。

集合的無意識の概念は、プレッシャーへの対峙の仕方の国民性の理解にも役立つ。

・心のエネルギーが向かう方向が外界か内界か、判断のよりどころが理性か感情か客観か直感かで人間のタイプも説明する。

心療内科

・一般の医学が肉体の構造や機能の異常や欠陥を治療の対象とするのに対し、ある種の疾患や身体症状では、肉体の問題だけでなく、心の問題が障害の発生に関与しているとする心身医学の立場をとる内科の領域。

・問題の発生の理解において心理、社会的側面を重視する点で他の心理学と共通だが、心の異常反応そのものよりも身体症状が出現したケースのみを対象とする点が異なっている。

・比較的軽い身体症状はスポーツの現場で普遍的に出現しておおり、心療内科的アプローチが有用なことがある。

合理情動行動療法

・心理的な問題の背景にある人間の非合理的な信念(…してはならない)を明らかにした。

・成功、愛、快適さへの欲求は自然なものであるが、それが絶対不可欠と信じ込むと、不安、抑うつ、自己憐憫などの心的反応を引き起こすと考える。

・クライエントの話への肯定的態度は尊重しつつも(クライアント中心主義)、さらに、クライエントが思考パターンを修正していくための積極的援助を行う。

・何のための成功かを問い直し、より自然で高次な価値観を再構築することにより、対応能力を高める。



パーソナリティ理論

・オルポートの特性論が源流で、無数のパーソナリティ(性格・人格)特性を少数の基本的なものに集約し分類する試みで、個々人はそれぞれの中心的なパーソナリティ特性の組合せや階層や関わりが行動や思考を決定すると考える。

・さらにキャッテルは46個の表面特性、さらに16個の主要な根源的パーソナリティ特性を抽出した(キャッテル16人格因子質問紙)。個々人の“弱み”を理解するのにも有用である。

人間性心理学

・自己成長の潜在的能力、自己実現の可能性を重視した。

・マズローは人間の動機づけをピラミッド型の欲求階層説で説明した。基底層から上に向かって、基本的な生理的欲求、安全の欲求、愛情と所属の欲求、承認の欲求と連なり、最高層には自己実現の欲求が位置し、人間は順次低層から欲求を充たそうとする。

・人間の能力や指向を肯定的に捉えているが、自己実現には現実とのギャップが存在し、時系列や手順の無視が心の破綻を招きかねないことを示唆している。

ゲシュタルト心理学

・ゲシュタルトとは、姿、構造、形態、人格といった意味であるが、心理学では、個々の要素が関連し合い意味をなすにいたった全体という概念である。構造とそれに固有の法則をもち、知覚できる対象となるものである。

・ゲシュタルト心理学では、全体を統合的に理解することのみに意味があり、個々の要素を抽出しても全体の性質(ゲシュタルト)の理解には役立たないという立場をとる。

・心理学的なゲシュタルトは、刺激と反応の関係の有意味な全体と見なされる。

系統的脱感作法

・不適合となっているある態度(恐怖症、不安、チックなど)を別の好ましい態度に置き換えることを目的として、条件付け、あるいは強化訓練をおこなうの手法を行動療法という。

・長年、神経症治療に従事していたウォルピは、逆制止と暴露療法を組み合わせた新しい行動療法系統的脱感作法を考案する。逆抑止では、不安や恐怖と拮抗するリラクセーション反応を習得する。系統的脱感作では、不安の強度を徐々に高めながら(負の練習法)経験して耐性を習得する。



websiteのスペース制約の関係から、毎回8つの学派を選び、部分的に入れ替えながら開架していきます。

精神医学・心理学の巨匠たち

 精神分析は、フロイトが創始し、その一派が発展させた革命的学問体系で、同時代やその後の精神医学、心理学に与えた影響は計り知ません。しかし、徐々に臨床的な応用性は限定的であることも判明していくことになります。

 精神分析の戦争神経症への治療効果に限界を感じたウォルピは逆制止と暴露療法を組み合わせた系統的脱感作法にたどり着きます。エリスもまた精神分析から離れ、人間の非合理的で自滅的な側面を明らかにしつつ、その修正方法を示す合理情動行動療法を実践するようになります。実地の臨床医にとっては理論も大切ですが、よい結果をもたらす手法がもっと大切なのです。

 精神分析の無意識の概念は、ユングの分析心理学では別の形で発展し、性格傾向をいくつかの要素に着目してパターン分析するパーソナリティ理論の発展にも多大な影響を与えます。パーソナリティ理論は、複雑な心的問題をまずは1人1人の生来的な性格傾向の側面から理解するのに役立ちます。大試合への向き合い方には国民性による違いがあり、これを変えることはかなり困難なことは周知ですが、ユングの集合的無意識の概念を援用すると理解しやすくなります。

 一方、ゲシュタルト心理学は、細かな要素に着目するよりも、心を、刺激と反応からなる全体性の中で理解しようとしており、デカルト以来の要素還元主義(現象を1つの原因のせいにする)とは対極に位置しています。恐らく、人間が複雑な対象の把握をする方法は、近年はやりの物理学理論の一つとなった複雑系の考えとも通じるものがあります。人間性心理学は、より高きを目指す人間の本性とその心的構造を説いています。心のあり方の時間的な変化、成長、次元に着目しています。

 心療内科では、具体的な身体症状を器質的な異常としてのみとらえるのではなく、プレッシャー、心理、社会的背景をも含めて統合的に理解し、治療しようとするものです。スポーツの現場でも、心療内科が関与した方がよいと思われる軽い身体症状は散見されます。


 選手やコーチが以上のような専門的な知識を勉強する必要ありませんが、ここでは、スポーツ心理学がよりどころとする信頼できる学問体系が存在する、しかもバライエティに富んでいるということがご理解いただければ十分です。

 

 クリニカ・プシカ・パルファでは、クライアントが抱える心的問題およびそれがもたらす好ましくないパフォーマンスの現状について、特定の考え方にとらわれずに、さまざまな学説の知見と技法を駆使することにより、個々のクライアントに特有な心的問題の成り立ちを理解し、心理分析と行動療法の両者を組み合わせた戦略を考案し、閉塞状態の打開を試みています。実際のコンサルティングにおいて、難解に思える心理学や精神医学がいかにスポーツのパフォーマンス向上に役立つか納得していただけることでしょう。それは、きっと驚異の体験になることと思います。そして、あたかも自分に合った心理学の巨匠や賢人が何人もサポートチームに加わったように感じられるかも知れません。